シャープが次世代XMDF制作ソフトウェアの無償化を発表したことで、今後、どのようなところで、どの程度の変化が起きるのだろうか。ジャーナリストの風穴江氏が近未来を予測する。
シャープが4月22日に発表した次世代XMDF制作ソフトウェアの無償化は、電子書籍の何を変えることになるのだろうか?
まず言えることは、これまで有償だったもの、誰でも買えるというわけではなかったものが、無料かつ(事実上)誰でも利用できるようになったことで、XMDFコンテンツを制作するためのハードルが下がるということ。誰もが気軽に試せるようになれば、結果として、XMDFコンテンツの幅がさらに広がる可能性が高まるし、これまで想定されなかった新しい使い方(例えば、新しいジャンルのXMDFコンテンツ)が生み出されることだってあるかもしれない。電子書籍の制作者にとっても、そして読者にとっても歓迎すべき出来事であることは間違いないだろう。
しかし、プラスの期待感は強いものの、このことによって実際にどのようなところで、どの程度の変化が起きるのかは、正直なところ未知数だといわざるを得ない。
コンテンツを制作するソフトウェアが無料になれば、これまで(紙の)書籍としてしか出版されなかったコンテンツがXMDF形式の電子書籍としてじゃんじゃん販売されるようになる――読者としてはそう期待したいところだが、残念ながらことはそう簡単ではない。コンテンツを「形式として」作れることと、それを販売できるようにすることは、それぞれまったく異なる種類の難しさがある。簡単に作れるからといって簡単に販売できるわけではない。
シャープが今回発表したのは、あくまでも制作ソフトウェアの無償化であり、作ったXMDFコンテンツをどうやって流通させるかという部分はカバーされていない(シャープがそうしたトータルサービスをビジネスとして提供してもよいのではないかとわたしは考えているが)。出版社が、作成した電子書籍を既存の流通ルート(代理店に依頼するか、電子書店と直接取引するか)で販売するためのハードルはこれまでと変わらないのである。
流通に掛かる手間やコストが不変ならば、XMDFコンテンツが手軽に作れるとはいっても、電子書籍タイトルはそう簡単に増えない。逆に、流通のハードルをクリアできる出版社であれば、XMDF制作ソフトウェアの従来の入手性(出版社限定、価格は20万円ともいわれる)はそれほど大きなハードルではないし、そもそもその程度はコストとして負担できるビジネスでなければ、出版社・流通側双方でXMDFコンテンツを扱うメリットは少ない。
それならばと、既存の流通に頼らず出版社や作者といったコンテンツホルダー自らが販売するという選択肢もあるように思えるが、そこにはDRMという課題が横たわっている。実は、今回無償化が発表されたXMDF制作ソフトウェアだけでは、コンテンツにDRMを適用できない。DRMの適用は、一般には販売されていない専用ソフトウェアを利用する必要がある。現在販売されているXMDFコンテンツは、DRMによる何らかのプロテクトが設定(あるいは管理情報が付加)されているが、実際にそれが行われるのは、電子書店のプラットフォームを提供する事業者の段階だ。例えば、ソフトバンクモバイルの公式メニューに並ぶ電子書店で販売されているXMDFコンテンツには、ソフトバンクモバイル仕様のプロテクト(DRM)が適用されているが、これはサービス提供者であるソフトバンクモバイルによって行われている。
結局、何らかのDRMを適用したいと望むのであれば、既存の電子書籍と同様の流通ルートを選択するか、自らがサービス提供者としてシャープからXMDFに対応したDRMのためのソフトウェアを購入できる立場になるかのいずれかが選択肢となる。前者であれば、そのハードルはこれまでと変わらないし、後者であれば、むしろさらにハードルは高い。
このように、現実の細部を考えれば「これまで電子書籍としては読めなかった本が、これを機に読めるようになるかも」という読者としての素朴な願望は、すぐには叶えられそうにない。
ではXMDF制作ソフトウェアの無償化にはほとんど意味がないのかといえば、決してそんなことはない。これを機に、すぐには大きなビジネスを期待できない中小出版社のための新しい流通サービスが始まるかもしれないし、あるいは、DRMはまったく必要ないと考える人たちによる新しい種類の「電子書籍」が生み出される可能性だってある。今、Webで提供されているコンテンツは、そのほとんどがDRMが適用されていないのだから、そういう方面のコンテンツホルダーがXMDFを「Webに代わるもう1つの提供形態」として意識するようになるかもしれない。XMDF制作ソフトウェアの無償化は、少なくともそうした新しいことの「きっかけ」にはなり得る。
これ“だけ”ではほとんど何も変わらないが、これによって何かが変わることで次の大きな変化につながる可能性はある――それが今のわたしの結論である。
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