漫画はどこへ向かうのか徹底討論 竹熊健太郎×赤松健 Vol.5(2/3 ページ)

» 2011年02月18日 10時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]

われわれの仕事は、基礎がある人をうまくデビューさせてやること(赤松)

竹熊 僕はもともと要求水準が低いんで、5年後にもう一度対談したとして、そのときはそれなりに満足してると思いますよ。

赤松 だめですよ、満足しちゃ。もっと世界の人に見てもらおうとか思わないですか。

竹熊 思ってますよ。でも僕には、本を出して1年以内に100万部売る自信はありません。というか、数万部でもいい仕事というのはあると思うんですよ。つげ(義春)さんの漫画とか、絶対100万部売れない作品というのもあるわけじゃないですか。でもそのことでつげ義春の作家的価値が減じるわけではない。

赤松 つげさんはその後の作家に影響を与える、いわばパイオニアですよね。それは学術の世界では基礎研究っていうんですけど、基礎研究はやっちゃいけないんですよ。なぜかというとビジネスじゃないから。よく後輩に言うんですが、基礎研究はやっちゃいけないし、作品を持ち込む場所と描くものを選べと。それを無視してると、楽しいんだけど死が待っていると。

竹熊 それはどちらかというと処世術の話ですよね。

赤松 そうです。漫画処世術。

竹熊 じゃあ、基礎的な漫画を描く力というのは、もう最初からあるということなんですね。育てる必要はないと。

赤松 さっきから竹熊さんがおっしゃってたように、基礎がある人はいっぱいいますよね。われわれの仕事は、そういう人をうまくデビューさせてやることだと思うんですよ。巣立たせてやらなくちゃいけない。明らかにいい色の小鳥で、飛び立つ力もあるのに、現実は地面に落ちて死んでしまってるじゃないですか。

竹熊 以前さいとう・たかをさんにお会いして聞いたんですけど、手塚(治虫)のようなトータルで才能を発揮する天才はめったにいない。でも凡才であっても、セリフがうまいとかメカがうまいとか、部分的には手塚を超える才能があるかもしれない。そうした才能を集めて共同作業でやろうというのがさいとうプロなんです。それで漫画家仲間に声をかけてさいとうプロを作ろうとしたときに、みんなに作家としてのプライドがあり、個性が強くて集まらなかったそうなんです。お前はメカだけ描け、動物だけ描けって言っても嫌がるし。

 さいとう先生が驚いたことには、みんな自分を天才だと思ってる。そんなバカな話はない。みんな手塚治虫ぐらいの才能があったら、業界自体が成り立たない。だから凡才が仕事をする方法論を作ろうということをおっしゃってた。さいとう先生は、業界で最初に「ビジネスとしての漫画(劇画)」の方法論を確立した、パイオニアだと考えてます。

赤松 それでさっきからアメコミ型とおっしゃってたわけですね。それに対する私の反論は、作家側から言わせると、さっきあったようにみんな天才だと思ってるから、多分うまくいきませんよということです。みんな自分は100万部売るんだ、200万部売るんだと思って漫画家を目指してるわけですから、納得しませんよ。

竹熊 そういう作家さんもいるし、そうではない人もいる。もし漫画家になるからには必ず100万部作家にならなければ意味がない、と僕が考えていたら、大学の先生なんかやりません。だってそれは全員には不可能だし、僕自身、100万売った経験がありませんから。生活費を稼ぐ、つまり仕事として漫画をやるのならプロアシスタントでもいいんじゃないかというのが僕の考えで。

 でもその場合、自分の作品を描いて発表するシステムは用意しましょうと。作品のネームやプロットが認められればその人を監督にして、会社として作品化するイメージなんですけどね。僕は全部が全部アメコミとかさいとうプロ型になれと言ってるんじゃないですよ。ただ赤松さんのように、ピンで100万部売る才能はめったにいないわけですから、学生を前にして、全員デビューして100万部売れなんて言えないですよ。実際無理なわけだし。

赤松 う〜ん。だとすればやはり、芸術系の学問というのはそもそも原理的にかなり無理があるような気がします。

竹熊 「才能を養成する」というのに矛盾があります。僕も内心じくじたるものはありますよ。

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