雑誌でなくコミックスで利益を得る構造は、オイルショックがきっかけ徹底討論 竹熊健太郎×赤松健 Vol.2(2/3 ページ)

» 2011年02月15日 10時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]

雑誌の機能が電子書籍に移行すると、新人が売れなくなる(赤松)

―― でも単行本ビジネスって確かに、35年くらいの歴史しかない。小学館はその名残があって、編集者に単行本作業はさせないんですよ。講談社や集英社は編集者が単行本作業もやるし、原稿の見直しもやるんですけど、小学館は単行本専門の部署があって。

赤松 マガジンにもありますけどね。

―― あ、そうなんですか。最近は単行本って1つ1つ装丁家がついてますけど、昔は1つのフォーマットにカラー原稿を流し込んでいっちょ上がりみたいな、描き直しとかもなかったでしょうし。その点、赤松先生の単行本はほかの作家さんに比べて凝っているイメージがあります。

赤松 マガジンも昔は、単行本というのは週刊誌に載ったものをまとめて、マガジンの表紙になった画像をつけてハイおわり、というのが基本だったんですよ。でも、私の代辺りからですね、マガジンの表紙を単行本に流用するとはコレクターズアイテムとして何事だ、別だからわざわざ読者が買うのではないかということで、表紙は描き下ろしになり、おまけをつけたり、カバーを取ったら中が違ったりというのが出てきましたね。

―― 今やそれが特装版とか、すごいことになってますね。DVD付きとか。

赤松 そうなんですよ。「ネギま!」だと限定版OAD(オリジナル・アニメーション・DVD)商法ですね。3700円のOADパッケージの中で私の取り分は単行本の部分だけなんです。だから講談社のもうけは莫大ですよ。あれはですね、アニメOPの絵コンテもタダで描いてますし、表紙も描き下ろしでタダでやってますから。しかも、通常版と限定版で別の表紙を描いています。そうやってグッズを作ることで盛り上げて売っていくという。本じゃないんですよ、もはや。何かのパッケージ商品です。

竹熊 今後はそれが主流になるでしょうね。だから僕は出版のあり方を全部変えなきゃならないと思っていて、遠からず、雑誌の機能は電子出版に全面移行するだろうとみているんですよ。

赤松 ただ、それだと業界が縮小しますよ。これはよくいう話ですけど、マガジンというものがあって、買ってみんなで回し読みをしていく。例えば最初は「はじめの一歩」を目的に読んでるんだけど、雑誌というパッケージであれば「おお、ベイビーステップっていう面白い漫画も載ってるんだ」っていうことが分かる。こういう出会いがなくなっているんです。

竹熊 ええ。しかし現実問題として、どの出版社も雑誌が生む赤字に耐えられなくなってる。耐えられるのはジャンプくらいでしょ、そうなると、モーニング・ツーのように、全部無料で雑誌をネットで公開するという動きも出てくる。

赤松 まあ、多分あれも赤字ですけど。

竹熊 雑誌売ってもネットで無料公開しても、どのみち赤字じゃないですか。どちらがマシかという話で、紙の本は作れば作るほど赤字が増えるわけだから、出版社の本音としては、雑誌はすべて電子出版にしたいはずなんですよ。実際は印刷屋や取次や書店との兼ね合いがあるからなかなかできないんですけどね。しかしいずれはコストが掛からない電子出版で連載して、一定量たまったら紙の本を出すというモデルに移行するしかないと僕は思います。

赤松 インフラ的には一番楽ですよね。

―― さっき赤松先生がおっしゃったように、紙の雑誌って、1つのパッケージの中で、後ろの方に載ってる漫画とかも読みますけど、電子出版でアラカルト方式になったとしたら……。

赤松 そうなんです。新人が売れなくなるんですよ。音楽業界で例えると、アルバムCDを買うと12曲くらい入ってるけど、ネットで買うと1曲しか聴かないんですよ。iTunesだったら150円とかですよね。そうじゃなくてアルバムCDを3200円出して買ってほしいんですよ。じゃないとほかの曲が聴かれる機会がまったくなくなってしまう。さっきのマガジン内格差、メジャー誌の中でメジャー作品とマイナー作品ができてくると。売れてるものは売れてるんだけど、売れないものは5万部以下というのが現実に起こってしまっている。これは漫画界にとっては損失なんですよね。だから電子出版に行くのはいいんですけど、新人のフォローをしていかないと、5年後には業界自体がつぶれますよ。

竹熊 それはもちろんそうです。ですが大きな枠組みでいうと、紙の雑誌は縮小するしかないと思うので、新人のプロモートの方法も今から考えるべきでしょう。僕は今、大学で教えてますけど、学生の中には優秀な作家の卵がいるわけですよ。どうやって売り出そうかというのが大問題です。

赤松 無理ですよね。どうするんですか。

竹熊 今は試行錯誤の段階だとしか言えません、いろいろなことを考えてますけど、こうすれば絶対成功するというのは今はないです。

コミックマヴォ コミックマヴォ

── 新人育成という点で、マヴォはどうだったんですか。紙で5号まで出されて、2010年に休刊となりましたが。

竹熊 「マヴォ」を作ったのは、僕自身の編集者としてのカンを取り戻すためと、学生やアマチュアの作家を育てたかったからなんですよ。紙の本を作るのはやっぱり達成感が違う。ただね、一部のプロ作家を除いて原稿料が払えなかったんですよ。それで僕の力だけだと1000部は売れるんですが、販売システムがないので、その辺りでピタッと止まっちゃう。在庫だけがどんどん増えていっちゃうんで、やばいなと思って止めたんです。でも編集者の立場からすると、いろいろな作家を載せる雑誌という形式は面白いんですよ。

赤松 そうですね。

竹熊 雑誌編集者としては、いろいろな作家の作品を載せることで刺激を与え合うって意図もあるんですね。今、アフタヌーンの創刊編集長の由利(耕一)さんが昨年まで京都精華大学で客員教授をされていたんですけど、やはり同じことを言われています。雑誌の醍醐味(だいごみ)は、ベテランや新人を混在させて、こんな新人が出てきたってのを載せることでベテラン作家にも刺激を与えるとか、そういう効能があると。ただ読者からすると、バラ売りに慣れてしまっているというのもある。

 マヴォの創刊号を作った2008年の暮れに、27年ぶりにコミケに出店参加したんですけど、もう別世界になっていて。同人歴の長い人にマヴォを見せたら、最初に言われたのが、「これよくできてるけど売れないでしょうね」って。合同誌は売れないって。僕ね、合同誌って何ですかってその人に聞いちゃったんです。合同誌ってのは複数の作家を掲載する普通の雑誌のことで、それをコミケの世界では合同誌と呼ぶそうです。それで、同人誌って合同誌なのが当たり前じゃないですかって聞いちゃったんです。そこでハッと気がついたんですが、コミケの同人誌って、もう個人誌ばっかりになってるんですね。

赤松 確かに、同人誌というのはもはや言い方が変ですね。同人が集まってるのが同人誌なのに。

竹熊 サークルって言ったりするけど、個人でやったりするじゃないですか。だから僕の世代の常識だと個人誌と言うんですよ。合同誌はいろいろな作家の作品が載っていますが、ほしい人はこの作家の作品だけが欲しいんだから、読みたくない別の作品に金を払うのが嫌だと。なので合同誌は不利ですよと言われて。

赤松 ジャンプとONE PIECEの部数を比べると、もうONE PIECEの方が上なんですよ。それで、ONE PIECEの読者というのは、もうほかの作品はあまり読まないわけです。時間も無いし。そうなっていくと、ONE PIECEとNARUTOとBLEACHと、あとバクマンとかを単体で読んだほうが早いし、もう雑誌で読むという時代は過ぎたんじゃないかなっていうのが、部数が逆転したときにみんな感じたと思うんですよね。

―― コミックナタリーでユーザーのアンケートを取ったんですよ。そうすると、平均して月に6〜8冊くらい単行本を買ってるんです。30冊以上ってのも2〜3%いて、みんなすごく買ってる。30代くらいがボリュームゾーンなので、所得もそこそこあって、単行本をじゃんじゃん買えるんですよ。ところが、雑誌は全然買ってないんですよ。それを見て、単行本派の言葉の重みってのがすごく分かりますね。

竹熊 1980年代に入った辺りで、単行本で利益を回収する今の漫画のビジネスモデルができて、バブル景気に向けて業界全体が盛り上がってきて、ひたすら拡大路線が敷かれた。だから雑誌は赤字でもいいってことで。宣伝媒体として、コミックスを売るために雑誌を売ると。それが今やその機能も失われつつありますね。

赤松 作家としては、単行本で稼げないとやってられないですよ。

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